つれづれなるままに...
これはここでおきた出来事を気が向いたときにつづったものです。
2007年7〜9月の巻...
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9月22日
昨日はいきなり真夏のような暑さになってちょっとぐったり、という感じだったのだが、一転今日は晴れた割に涼しい一日、しかも明日の朝はかなり冷え込むらしい。確かにいつもの年ならそろそろ霜が降りてもおかしくないな、というところなのだが、昨日ぐらいまでは全然そんな気配がなく(だいたい、うちでは朝の気温がこの秋まだ一度も一桁になっていない)、いったいどうなっているんだ、と思ったけれど、やはり来るべきものは来た、というところである。
今年は気温が高いからなのか、どうも葉モノが大量発生したヨトウムシに食い荒らされていて具合がよろしくない。この数日でちょうど収穫時期を迎えたほうれん草にだいぶボロボロ穴があいてきたし、発芽したばかりの芽もかなり食い荒らされている。しかも、夏と違い、いまから種をまいても秋食べるのにはちょっと間に合いそうもない。でも、明日の朝冷え込むことで、いくらか虫に荒らされるのもおさまってくれるのでは、とかすかな期待を抱いてもいる。ただ、霜が降りるとちょっと収入に響くなぁ...ということで、霜が降りない程度の軽い冷え込みを期待します。
9月14日
白菜の定植も終わり、秋どりの葉ものの種まきもぼちぼち終わりになり、いくらか仕事のペースがゆる〜くなってくるのがこの時期なのだが、どっこい、今年は鶏小屋わきの井戸が枯れているのと、それに加えて軽トラックが使えないのとで、思っていた以上に仕事の効率が悪くなっていて、その分、いくらなんとかなるからとはいえ、朝の早起きを強いられてしまっている。でも、軽トラック(もちろん中古!!!)の手当てができ、近々納車予定となって、いくらか朝が楽になるだろう。
そんなドタバタの中、一昨日にはたまたま来ていた客人にかぼちゃの収穫を手伝ってもらってかなり助かった。それにしても、今年はあまりの少雨で定植したかぼちゃの苗が根付かず、葉や茎が黄色くなりかけて、一時は実をつけることなく枯れ果ててしまうのではないかと思っていたけれど、よくもここまで成育してくれたものだ。もう少し納屋に置いて熟させた上で、早生の栗かぼちゃやミニかぼちゃは今月末ぐらいから、雪化粧などの白いかぼちゃは11月ぐらいから食べられるようになると思うが、はたして味はどうなるものやら。おいしく熟することを期待したいところだ。
9月7日
おととい、故障して納屋の前で立ち往生していた軽トラックを修理屋さんに来てもらい、診てもらった。最初はガソリンの供給が止まってしまったか、点火系の故障(火花が出ないことでエンジンがかからない)かのどっちかだろう、と思っていたのだが、エンジンキーを回した瞬間、いきなり彼の顔が曇った。
「これはちょっとやばいかも.しれませんね..」
そしてとある部分のねじを外してひとこと。
「これはエンジンをやられてますねぇ」
なんとタイミングベルトが切れてしまっていたのだ。このベルトが切れると、エンジンそのものをダメにするほどの一大事なのだ。もしかしたらプロとして、最初からわかっていた(あるいは覚悟していた)のかもしれない。ただ、私に気を遣ってあえて電話では黙っていたのか...と思ってしまうほどのことなのである。
このベルト、購入したときに換えてもらったからまだ6万キロぐらいしか走っていなかったし(一般的には10万キロぐらいは大丈夫と言われている)、今年の車検のときに目視ではあるけど確認してひび割れなど発見されなかったので、次回の車検でも大丈夫だろう、と思っていたが...これはやられた。まあこまめに点検していれば...と後悔しなくもないが、かといって走行距離から考えても、タイミングベルトを点検するのはせいぜい半年に1度ぐらいか、と考えると不運だったと思うしかない。実際、ベルトそのものを見ない限り、前兆現象には気づかずに切れてしまうのものなんだとか。直すとしたらエンジンを丸ごと換えるぐらいしかないらしいが、それでも15〜16万は下らないらしい。
そこで、いろいろやりたかった仕事を投げ出し、とりあえず心当たりのある中古自動車屋さんをはしごして、いろいろ軽トラを見て回ったり、さがしてもらったり、ということになった。ただ、見つかるか修理が終わるかするまではワンボックスの営業車を使って仕事をしなくてはならない。しかし、これはお客さんのところへ持っていく荷物を運ぶ車だし、軽トラと違って荷台を水洗いできないので、当然、どろどろしたものを運ぶのはできるだけ避けたい。かといって、これからいもほり、かぼちゃの収穫など、軽トラがあればはるかに作業効率がいい仕事ばかりある、この時期の故障は痛かった。これが真冬ならまあなんとかなるさ、で済むのだが...。
そうはいっても、2台車があるというのはこういうときに助かる。いくら作業効率が悪いとはいえ、1台あればなんとかなるのだから。
さて、外を見るといよいよ台風の影響か、雨風が急に強くなってきた。何日も前から台風が来るぞといわれていたので、ある程度心の準備はしていたものの、やっぱりいい気分はしない。台風そのものは弱まってきているものの、その北側にある前線がいたずらをして、雨風の勢いを強めているらしい。明日の仕事は片づけかなぁ...。
9月1日
昨晩から今朝にかけて、こうもいろんなことが続くものかと思うほど、いろんなことがあった。
事の発端は、用事があって出かけた倶知安からの帰り道。かなり年式の古いわが軽トラでさえも、およそ2時間10分ほどの道のりなのだが、夜8時半ごろ、ちょうど中間点ぐらいにある美笛峠(支笏湖の西のほうにある峠)を越え、あと1時間ちょいで帰宅できるな、と思った矢先、突如走行中にエンスト...。小休止してもう一度エンジンをかけてみるも、バッテリーもあがっていないし、セルモーターはまわるのに、まるでエンジンがかからない。足回りを点検しても、オイルなど油が漏れている様子はなかった。小休止してはエンジンをかける、の繰り返しもまったく状況は好転せず、しかたなくJAFを呼び、車をみてもらったが、とりあえずその場では打つ手なし(あとは修理工場に持っていくしかない)、という状態だった。よりによって、自然に恵まれすぎて、すぐ近くに町がない、はやいはなしがド田舎で車が止まってしまったのは悲劇としか言いようがない。しかも夜中では、我が家より手前にある千歳の工場はどこも営業していようはずもなく、覚悟を決めてさらに20キロ以上離れた自宅まで運んでもらうしかなかった。帰り道、乗せてもらったけん引車の運転手に「(これまでけん引した中で)最長に近い距離でしょうね」とまで言われてしまった。ただ、携帯の電波が届く国道だったのと、急峻な峠を越えていたのとがが不幸中の幸いであった。もしこれが、たとえば電波の届かない林道の奥地だったら...とおもうとツキを感じる。
こうなると、今朝からの仕事に大きく響く。鶏小屋そばの井戸が水不足でカラカラだったので、母屋の井戸から水を運んでいくつもりが、その水を入れる大型の水タンクを軽トラに積むわけにはいかない。そこで、いちるの望みを、ということで鶏小屋のほうの井戸から水を取ってみたが、水を出して1分もしないうちに見事に吸い上げ不能に陥った。そりゃそうだろう、もう15日間、一滴の雨も降っていないのだ。そこで、これまたやむを得ず、営業車にその大型水タンクを、ギリギリ天井にぶつからずになんとか押し込んだが、ぬらしても平気な軽トラの荷台と違い、間違って車内を水浸しにするわけにはいかないので、これまた慎重に給水し、どうにか鶏小屋まで運んだものの、この車は軽トラと違って荷台の床が低いので、給水が多少面倒なことになってしまった。その影響で、今日札幌の直売所に出荷するつもりだった野菜を収穫する時間がほとんど取れず、一応出荷はしたものの、なんかもったいないなぁ、とおもうことしきりだった。
仕事が一段落して、普段お世話になっている車屋さんに電話したところ、話を聞く限りでは、修理代は数万円ですみそうで、しかも車を工場に運ばなくてもなおせる可能性が高そうで、ちょっとはホッとしている。でも、それまでは営業車をフル回転させねばならず、こうなったら軽トラが使えるようになるまでは、頼むから故障しないでがんばってくれ〜、と祈るしかない。
8月20日
今年も、例年通り「ナイター定植」の季節を迎えている。キャベツとブロッコリーの苗は植え終え、今日からいよいよ白菜の定植。とにかく、昼間はモンシロチョウがたくさん舞っているので、キャベツやブロッコリー、白菜といった「アブラナ科」の野菜は、格好の餌食になってしまうのだ。苗を植えている間にたまごをうみつけられてしまったら最後、あおむしに葉を食い尽くされて私たちの食べる分がなくなってしまうのだ。そこで、モンシロチョウの動きがなくなる夕方遅くから苗を植え、その後虫除けの布をかぶせ、モンシロチョウの侵入を防ぐ算段である。いわゆる慣行栽培なら、あおむしがつかない薬などを散布すれば、なんもこんなことする必要はないし、また、人手があれば、毎日毎日ひたすらあおむしを潰して回ればよいのだが、薬も人手も使わずにラクしてやろうとすると、どうしてもこうした工夫が必要になってくる。、
そして、今年試しているのが「クローバーマルチ」である。この季節、まだまだ雑草が生えてきてしまうので、いくら苗を植えたところで、あとから伸びてきた雑草に埋もれてどうしようもなくなる。そこで、通常はビニール製のマルチを使い、土の上を覆って、草が生えてこないようにするのだが、できることならビニール類の使用は最小限に抑えたい。そこで、今年は定植する直前に畑を起こして白クローバーの種をまき、その後苗を植える。そうすると、クローバーが一面に広がり雑草の成育をおさえ、キャベツやブロッコリーが育つ...という「計画」なのだが、最初に植えたキャベツの苗のところでは、どうも雑草と白クローバーとが半々に発芽している感じである。もっとも、9月の中旬にもなれば、朝晩の気温が下がっていくので、そのころは白クローバーはまだ生き残っていても、雑草は少しずつ枯れていくのだが、問題はそれまでに雑草の背丈が伸びていないことを祈るのみである.。
8月11日
この春、前使っていたパソコンの画面がつかなくなってしまったからと、改めて購入したばかりの中古パソコン、なんとまた画面がつかなくなってしまった。しょうがないので、春パソコンの画面がダメになったときに購入したばかりのモニタにつないで用を済ませている。おかげで近眼にはならなくてすみそうだが、面倒この上ない。
話は変わって、いまから1ヶ月ほど前、久しぶりに新品のCDを購入した。それも「土の歌」という合唱曲集である。中学や高校のころ、授業やイベントなどで歌っていた「祖国の土」や「大地讃頌」をじっくり聴いてみたかったので、その辺の中古CD屋をあたっていたのだが、全然見つからない。そこでネットで調べ、両方の曲が入っているCdがあるのを発見、それを取り寄せたのだ。もっとも、この両曲はそれぞれ「土の歌」という曲の第2楽章と第7楽章なので、正しくはひとつの曲の一部、というべきところか。
歌っていた当時は、授業やお祭りなどの一貫だからという程度のものだったのだが、いま改めて聴いてみると、詞が心にしみわたってくる感覚になる。毎日土に触れる生活を送っているせいもあるのかもしれないが、「土の歌」というだけのことはある。こういった曲を聴くことで、またあらためて自分の生活を見つめなおしてみようかなと思う、今日この頃である。
8月6日
今朝、たまごをあまりうまなくなってきた、長く我が家にいた鶏たちを三笠の処理場へ連れていった。
昨日までは我が家の家計を支えてくれていたし、また元気印そのも
のだったのだが、悲しいかな、寿命を全うさせようとすると、これまで以上に産卵率が下がってしまって家計に響くので、前からいる子たちがあまりたまごをうまなくなってくるタイミングで産卵を始めるヒナたちを事前に導入しておくことになる。もっとも、この子たちはもう少し早く連れていく予定だったのだが、たまごが不足していたこともあり、連れ出そうにも出せなかったのだが、今年の2月のヒナがどんどんたまごをうむようになったこの時期をみはからい、今日になったのだ。
自分で鶏をつぶすにせよ、こうして処理場へ連れていくにせよ、仕事として割り切ってはいるものの、一方でやはり後ろ髪引かれるおもいがあるのも否定できない。昔栃木で研修していたころ、豚を宇都宮の屠場へ連れていくときも、それも毎週のことで、いろいろなおもいが頭をよぎったことが何度あったことか。でも、ヒトが生きていくためには、動物だろうが植物だろうが、何かのいのちをいただかない限りは不可能なのだから、自分ひとりの食事だろうが、会食で誰になんと言われようが、せめて食事の前には手を合わせることにしている。
そういえば、少し前、配達の途中で食事を取ろうと立ち寄ったお店で、
「いただきます」
と、手を合わせながら小声でつぶやき、スプーンを取ろうとしたら、
「お坊さんですか?」
と、そのお店のおかみさんに突っ込まれてしまったことがあったっけ。食事の前に合掌する人って、お坊さんぐらいしかいないのだろうか。
7月25日
今年は本当に雨が少ない。昨年はトラクターが沈んだ畑も、今年は雨の後でも起こすと砂煙が舞っている。こうなると怖いのが、カラカラに乾いた畑を襲う集中豪雨、畑が水没した一昨年の二の舞にならないことを祈るしかない。
そして、今月は雨も少なければ晴れの日も少ない。でも、昨日あたりから一気に暑くなってきていよいよ夏本番かなぁと思いつつ、でも関東の暑さからすればいくら暑いといってもたかが知れている。
そういえば、関東にいた最後の数年間は、毎年このころになると皮膚科通いをしていた。朝晩はいいが、9時ぐらいになると体じゅうがチクチクいたがゆくなってきて、夕方の5時か6時ぐらいにようやくおさまるありさまで、これが秋分ぐらいまでのおおよそ2ヶ月続いた。でも、農作業をしている間以上に、休みの日に東京に行こうものならもっと地獄だった。外を歩くと日の光を浴びた瞬間に体じゅうがちくちくしてきて頭のてっぺんが爆発しそうな勢いだったし、かといって屋内に避難したらこんどは冷房の効き過ぎで、これまた長いこといられなかった。それからすると、北海道に来てからは一度も発症していないので、まさに地獄から開放され、天にのぼりつめたような気分である。関東から北海道に来ただけで、こうも体調が好転するものかと。
しかし、毎年のことながら、世間で夏本番と騒ぐころには、こちらは冬のことがすでに頭に入っている。いもを収穫すればどれくらい冬囲いするかを考えるし、ハウスで定植を待つキャベツや白菜などの苗は秋から冬の貯蔵用だし、来月になったら漬物や越冬用の大根の種まきだし、そして、先日岐阜からやってきた「女の子」も、この冬に産卵率が下がってきたところを埋め合わせるつもりで連れてきたわけだし...。
7月20日
かねてから、知り合いから「子猫をもらってくれないか」という話があり、3匹いた兄弟(姉妹?)猫のうちの2匹もらう予定だった(残りの1匹はその知り合いが飼うことになっていた)。しかし野良の子だったので、保護したごとに渡しますということで、まず最初に保護した子を13日の夕方に届けてもらった。納屋で飼うつもりだったのだが、先住猫との折り合いがつかずにいきなり逃げられても困るので、とりあえず慣れるまでは脱出できないところに保護しておこうということで、その子をカゴに入れたままプレハブ小屋に置いておいた。
ところが、翌朝その子が姿を消していたのである。子猫の力ではカゴから脱出するのは不可能だし、だいたい扉はきちんと閉まっていたから、どう考えても自分で逃げることはありえない。しかも、プレハブ小屋もカギがないとはいえ、扉は密閉していたので、これまた子猫が扉をあけて出られようはずもなく...と考えると、不審者が猫を捕まえようとして猫に逃げられた...という可能性が極めて高い。ま、うちに帰ってこないにしても、無事に生き延びてくれることを祈りつつ、でもキツネなどが近辺を徘徊している環境では、子猫が一匹で生き延びることはかなり難しいだろうとほとんどあきらめていた。実際、その日の朝はうちのまわりをキツネがうろうろしていたのだから。
そして15日の夕方、2匹目の猫(メス)を保護したというので、出かけた帰りに寄り道し、猫が逃げてしまったことを保護してくれた知り合いにわびつつ、もう1匹を連れて帰ろう...と思った。ところが、その人は子猫のことを考えたら姉妹でいっしょに暮らしたほうがいいだろう、ということで、後ろ髪を引かれる思いで、ご自身で飼うつもりだったもう1匹(メス)も連れていっていいですよ...とのこと。その好意に甘えるかどうか正直迷ったが、最初の1匹がいなくなってしまった以上、大人になったら何があるかわからないけれど、とりあえず子どものうちは姉妹で一緒のほうがいいかと考え、2匹連れて帰宅した。
ところが、帰宅してそのプレハブ小屋に荷物を下ろそうと扉をあけたとたん、外からあのいなくなった子猫がプレハブの中に入りこんできたのだ。しかも無傷で。2日間にわたって、どこぞで潜んでいたのだろうか、早速保護したものの、同じプレハブ小屋にいては、また不審者に狙われるとワヤなので、3匹とも母屋へ連れていった。
すると、こんどは母屋の先住猫が機嫌を悪くし始め、母屋に帰ってこなくなった。でも、先住猫たちは母屋のすぐ外では私にすりよってきたり甘えたりするので、うちを離れて野良になろう、という気まではなさそうで、しかし子猫たちが私に慣れるまでは母屋から出すわけにもいかず、そんな状態だから、先住猫はこの4〜5日間、ほとんど母屋でエサを食べていないことになる。ま、外でネズミや小鳥を捕まえるなどして生き延びているのだとは思うが、とりあえずは知り合いの了承を得て飼うことになった3匹の子猫たちが成長して、少しずつでも私に慣れてくるよう、時を待つしかないのかなぁと思う。
7月9日
ちょっと前から、2月にやってきた女の子たちがたまごをうむようになってきた。といっても、今の段階ではまだ「おませ」な子たちのもので、小屋をのぞいていて、なんとなくおとなのからだつきをしていて、これは産んでいるだろうと思われる子と、まだまだ線が細くて子どもっぽいなぁ、という子とが、まだまだだいぶ差があるように見うけられる。まあ、自分が小学生のころを思い出しても、同じクラスに先生より背が高いのもいれば、私のようにチビだったのもいたわけで、それと似たようなものである。でも、鶏の成長はあっという間で、これがあと2〜3週間もすれば一気に状況は変化しているのだろうと思う。
畑のほうは、5日深夜から6日にかけて降った雨でいくらかましな状態にはなったけれど、もう少し適度な雨がほしいところ。まだまだひび割れしている部分もある。
いまごろになって、なすやピーマン等々の苗を定植しているが、篤農家たちであればおそらく1ヶ月ぐらい前には済ませているであろうこうした作物の定植は、きっと彼らに馬鹿にされているに違いない、というくらい出遅れている。こうなったのにはいろいろ言い訳しだしたらキリないが、いくら愚か者の主人を支える優秀なスタッフたちに囲まれている我が家でも、残念ながら畑作業できるのは私ひとりしかいない。うちのわんこたちにしても、アニメの「一発貫太くん」で登場する、野球で外野を守れる犬のようには手足を使えないし、にゃんこたちにしても、ドラえもんのように手足を動かせるわけでもない。「岩見沢出身」「群馬出身」「岐阜出身」の女の子たちは、経済面では「産卵」というかたちで我が家の屋台骨を支えてくれているが、畑に出てこられると、逆に野菜をむしられて大変なことになる。
ま、それでも来月になればナスもピーマンも食べられるし、それに霜が降りるまでは2ヶ月ぐらいある。篤農家でも収穫期間が3ヶ月、つまりうちの収穫期間は3分の2あり、決してゼロにはならないのだから、これは来年以降に改善するとして、今年のところはこれでよしとしましょう。
7月4日
3週間ほど前、生まれて初めてメガネ屋さんでちゃんとしたメガネを購入した。
もともと視力が悪かったわけではなかったので、矯正するためのメガネは使ったことがなかったのだが、仕事柄、野外にいる時間が長いので、サングラスはしょっちゅう購入していた。ただ、100円ショップなどで購入していたので、すぐ壊れるなどして、長持ちしたことが一度としてなかった。買ったときは顔に合っていても、使っているうちにつるが外に広がってきてだんだん顔から落ちてきたり、レンズがすぐに外れてしまったりするなど、使い勝手も悪かった。そのうちかけるのが面倒になったり、だいたい安物だからかもしれないが、その辺に置き忘れて紛失することもよくあった。そんなこともあり、清水の舞台から飛び降りる気持ちでサングラスを購入したのである。しかもオーダーメイドで...。
実際使ってみると、かけ心地はいいし、下を向いていても簡単に落ちてしまうことはない。そもそも既製品のサングラスではなく、顔に合うようにしたものだからそれはいいに決まっている。また、100円ショップのメガネのレンズよりもずっと目にやさしい気がする。こうしてみると、大枚払っただけの価値はあったというものだ。でもこの出費は痛い...。
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